クライアントの期待値が上がり続けるなか、コンサルタントに求められるスキルも年々変化している。ロジカルシンキング、フレームワーク、仮説思考、ファシリテーション…これらの「型」は当然とされる一方で、見落とされがちなものがある。
それが「業界知識」だ。
PowerPointとExcelだけでは、顧客の信頼は勝ち取れない。構造的に業界内部に入り込めないコンサル会社だからこそ、意識的に「業界に染まる覚悟」を持たなければならない。
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業界知識は「専門性」の根幹である
ビジネス課題は業界ごとに文脈が異なる。たとえば「コスト削減」と一口に言っても、製薬会社と物流企業では意味がまったく違う。製薬なら薬価制度と開発パイプラインの問題、物流なら輸送網と倉庫効率の問題が絡む。
「構造」ではなく「現場」での意味付けができなければ、提案の重みが生まれない。業界知識とは、単なる用語や仕組みの理解ではなく、経営判断の文脈を読めるリテラシーに等しい。
専門性を築く3つのアプローチ
① 業界別キャリアパスを意図的に設計する
育成ポリシーとして、戦略・IT・業務のどれかに偏らず、業界軸での専門性を持つ人材の育成方針を明示する。以下のような軸を設けるとよい:
- 戦略 × 医療
- 業務改善 × 自動車
- DX × 金融
いわゆる「機能 × 業界」のハイブリッド型キャリア設計。数年でアサインが分散してしまうのではなく、意図的に業界に張りつく人材をつくる。
② 業界知識の内製化とナレッジ設計
業界知識を属人化させず、以下のような「仕組み」で蓄積する。
- 業界ブリーフィング資料の定型化(定期更新)
- 案件別インダストリーノウハウの文書化
- 社内セミナーや社外講師の導入
- 元業界人材とのクロスレビューの実施
ナレッジマネジメント(KM)に"業界"というラベルをつけることで、組織として業界知識を再利用可能な資産とする。知識を「経験の副産物」にせず、「戦略的資源」として扱う姿勢が不可欠。
③ 業界出身人材を戦略的に採用・配置する
ここで参考になるのが、Big4や戦略系ファームの取り組みである。
ケーススタディ:McKinseyとBig4の知見活用モデル
McKinsey:業界を“所有する”スタイル
McKinseyはIndustry Practiceを厳格に設けており、金融、資源、製薬、公共、消費財など約30の業界ユニットを社内に常設している。
各Practiceには**業界エキスパート(元企業幹部や研究者)がアナリストやコンサルタントと共に入り、戦略案件でも「業界視点のブリーフィング」が標準プロセスとなっている。
彼らの役割は、戦略の正しさよりも「業界の現実と整合しているか」を判断するフィルターになること。コンサルタントが外部の視点を提供する一方で、業界専門家が内部の視点を保証する構造である。
PwC・KPMG:元事業会社人材による専門知の獲得
PwC、KPMG、EYなどのBig4系ファームは、事業会社出身の中途人材を広く受け入れている。たとえば以下のような人材だ:
- 元メガバンクの法人営業部長
- 元メーカーの生産企画部門長
- 元製薬会社の営業推進担当者
彼らを単に「現場感のある人」として扱うのではなく、インダストリーナレッジの翻訳者として位置づけることで、顧客との対話における“温度感”や“語彙感”を合わせていく。
この構造により、ITや業務改善のスキルを持つ若手と、業界の肌感を持つベテランが組むという「混成チーム」が成立する。
業務コンサルタントやITコンサルにも業界軸が求められる
たとえば「BPRコンサルタント」と名乗る人でも、プロセス改善の技法だけでは顧客の信頼は得られない。
- 医療業界でのBPR:診療報酬体系と連動した業務プロセス
- 製造業でのBPR:設備保全や部品供給を前提とした現場オペレーション
- 金融業界でのBPR:法令順守と監督指針に準拠したバックオフィス最適化
つまり、どの業界に対する業務改革なのかを示すことで、汎用性ではなく“専門性”としての価値を発揮できる。
まとめ
業界知識は後回しにされがちだが、コンサルタントとしての信頼性を左右する本質的な武器である。体系的に習得しない限り、真の専門性は構築できない。
業界知識は「入社年次」ではなく「設計思想」で差がつく」。再現性のある仕組みで、業界との距離を詰める時代が来ている。コンサルタントという立場だからこそ、業界を語れるだけでなく、業界の中で通じる言葉を持つことが、これからのプロフェッショナリズムの証明になる。